象の夢

昨晩、こころの中で保留にしてたものが繋がったので、
記録しておこうと、blogに書いておくことにした。

四年前に、象がでてくる夢を観た。

神社、仏閣らしき参道を歩いていて、その出店などを楽しく眺めている。
始めはお祭りのような賑わいだったのに、どんどん進むにつれ、怪しげな陰気な感じにかわってゆく。
これ以上、足を踏み入れては良くない、そんな予感を感じていると・・・

辺りは一変して広大な大地に変わる。
何も遮るものがなく、地平線とただただ大きな青空。
私の立っている前には、一本の真っ直ぐな大きな道。果てがない。

足元を見ると、そこはぬかるんだ泥道、私は素足。

「まじ!!!ずっとこのぬかるみを歩いて行くん???」

私は裸足でぬかるんだ所を歩くのが大嫌いで、
プールサイドのような、生ぬるい濡れた地面を歩くのも大嫌い。生理的に受け付けない。
そんな気色の悪い思いをしながら、目の前に続く果てのない道を歩いて行くのかと思い途方にくれている。

そしてふと左手に目をやると、一列に並んだ大きな木の並木があり、
一頭の巨大な象が、私が見つめている方向にゆっくりと歩を進めている。
時刻は昼を少し過ぎたところ。

そんな夢を観た。

当初は、「マジ!!!」と永遠と続くその道を思い出しては嫌悪感をつのらせるばかり。
夢が指し示す導きにまで思いを馳せるには受け入れがたく、ひも解けずに4年が経っていた。

が、

昨夜、ブッダの生涯を小説仕立てで書かれている本を読んでいた。
森でブッダが瞑想をしている時に、仲良くなった象の親子のことが書かれてる行で、
突然その夢を思い出し、夢の語る意味が私の中で繋がった。

私の見たあの道は平坦な道。
阻むものは何もなく、足を前に出しさえすれば、歩は進む。
ぬかった道でも、さほど障害になるものでもなく、
気持ちが悪いという感覚も、果てない道が恐ろしく大変だという思いも、
私のこころの形成物なのだ。
象はそれを私に諭すように、悠々とゆっくりと私と並んで歩いていたのだ。

物の捉え方が変わったから、感じ方が変わった。という理解ではなく、
ぐぐっと深いところで、理解というより知悉した。
自分のこころでつくられたものが何か、鮮明にみえた。

こころは勝手きままに想いをつくり織り上げていく。
そして感覚や想い、考えは“自分のもの”だという錯覚をつくっていってしまう。

それがハッキリと解った夜だった。

4年前の夢が、こうして色々私に教えてくれる。
つくづく、色んなことが、全てのことが改めて不思議だなと思う。


このところ、思いもかけず、保留にしていた、様々なこころの在り様がひょっこり顔を出して、
“解”が解けていく、溶けていく。そんな日が続いている。

次回は、こうもりのお話を書こうと思う。
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by asuka-urinara | 2011-08-25 19:34 | Ω Shantiな日々 Ω
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