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エサレン・ボディーワークのご案内

私が敬愛してやまない友人であり、ヒーラーの藤村佐和子さんのセッションのご案内です

* 大阪での個人セッションのご案内 *


今回のセッションは、エサレンボディワークのみとなります。
大阪でのセッションの機会に感謝し、皆様とのご縁を楽しみにお待ちしております。


◎セッション日;3月19日(土曜)?24日(木曜)
        時間帯;am10:00?pm7:00(最終受付時間)

◎セッションルーム;Self Care Salon『Shanti(シャンティ)』
          大阪市内/京阪線野江駅から徒歩5分 詳細はお申し込み頂いた後にご連絡いたします。 

◎メニュー:エサレンボディワーク 詳細はこちら

◎料  金:¥10,000(120分)セルフケアキャンペーン価格

      収益の一部は今回の震災の義援金として、日本赤十字社又はユニセフに寄付いたします。

◎お申し込みは「あめ つち ほし そら」HPにてご確認下さい。


* セルフケアキャンペーンのご案内 *


「あめ つち ほし そら」では、
少しでも多くの方がセッションを受けやすく感じられるよう、当面の間、セッション料金を値下げすることに致しました。

地震や度重なる余震、原発に対する緊張、計画停電といった初めての局面の中で、
心身の疲労が高まっている方も多いかと思います。

又、関西方面の方々も同様に、あふれる情報に対して今までにない疲労や不安を抱いたり、
何かしら体調の変化を感じている方もいらっしゃると思います。

ブログにも書きましたが、
こんなときこそ、まずは自分をいたわるセルフケアはとても大切です。
エサレン・タッチの無私の温もりを通して、身体をいたわり、心を休める時間を取っていただければ幸いです。

セッション料金のキャンペーン価格につきましては、
カテゴリ「あめ つち ほし そら」HPにてご案内致します。



***
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by asuka-urinara | 2011-03-20 19:33 | Ω セッション・セラピー Ω

Dear friends in Japan


ティクナット・ハン氏からの、日本へのメッセージを転載いたします。

ティクナット・ハン氏はベトナム出身の禅僧・平和運動家・詩人である。
ダライ・ラマ14世と並んで、現代社会における実際の平和活動に従事する代表的な仏教者であり、行動する仏教または社会参画仏教(Engaged Buddhism)の命名者でもある。
アメリカとフランスを中心に活動を行なっており、世界でもっとも著名な仏教僧の一人である。
(Wikipediaより引用)


日本の皆様へ、

今回の悲劇で亡くなった多くの方のことを想うと、
ある部分、あるかたちで我々自身も亡くなったのだと痛切に感じます。

人類の一部の苦しみは、全人類の苦しみです。
また、人類と地球はひとつの身体です。
そのひとつの身体の一部に何かが起きれば、全身にも起こります。

このような出来事は、命のはかなさ(無常)を我々に思い起こさせてくれます。
お互いを愛し合い、助け合い、人生の一瞬一瞬を大事に生きることが、
我々にとって一番大切なんだと。
それが亡くなった人々へのなによりもの供養です。
彼らが我々の中で美しく生き続けれるように生きるのです。

フランス、そして世界各国のプラムヴィレッジ寺院(瞑想センター)から、
僧、尼僧、在家者の皆さんがともにお経をあげ、
日本のみなさんに平安、癒し、保護のエネルギーを送り続けています。

みなさまのためにお祈りしています。

ティク・ナット・ハン


Dear friends in Japan,
As we contemplate the great number of people who have died in this tragedy,
we may feel very strongly that we ourselves, in some part or manner, also have died.
The pain of one part of humankind is the pain of the whole of humankind.
And the human species and the planet Earth are one body.
What happens to one part of the body happens to the whole body.
An event such as this reminds us of the impermanent nature of our lives.
It helps us remember that what's most important is to love each other, to be there for each other, and to treasure each moment we have that we are alive.
This is the best that we can do for those who have died:
we can live in such a way that they continue, beautifully, in us.
Here in France and at our practice centers all over the world, our brothers and sisters will continue to chant for you, sending you the energy of peace,
healing and protection.
Our prayers are with you.

Thich Nhat Hanh

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by asuka-urinara | 2011-03-14 08:47 | Ω Shantiな日々 Ω

安全な世界

地面も震えているけれど 私の心も震えている

起こるはずもないこと
想像もしないこと
変わらぬ安全な生活
そんなものは存在しないのだと
痛いほどに感じる

今朝まで笑いあっていた家族や友人 もう二度と逢えなくなっている人たち
家が波で流され 焼け落ち 全てを失うのを目の当たりにする人
よるべもなく 凍てつく夜に いつ来るかもしれぬ助けを待ち 不安だけを抱える人々
未だ倒壊した建物の中で 苦しみながら助けを待っている人もいることだろう
痛み 苦しみ 恐怖の中で 命を落としていった方々

画面を通じて、今は安全?な自室で思いを巡らす
ニュースを観れば観るほど、現実味が遠のいていく感覚もある

その姿は私であったかもしれない姿なのだ・・・
彼らは私の別の姿なのだ

決して自分は安全な場所にいて 良かったのだと思うことのないように
死が本当に身近なものなのだと 死と背中合わせに生きているのだと
私がそれを 胸の内に刻むことができるように

心を落ち着けて そして強くして 祈ろうと思う
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by asuka-urinara | 2011-03-12 02:29 | Ω Shantiな日々 Ω

カラマーゾフの兄弟より

カラマーゾフの兄弟1 訳:亀山郁夫 抜粋
ゾシマ長老の行

人類愛に燃えているが、自分で自分が呆れることがある。
というのも人類一般を好きになればなるほど、個々の人間を、ということはつまり一人一人を個々の人間として愛せなくなるからだ、と。

自分は夢のなかで、人類への献身という狂おしい考えにたどりつき、何かの機会に不意に必要が生じれば、じっさいに人々のために十字架にかけられてもいいとまで申すのです。
そのくせ、同じ部屋でだれかとともに過ごすことは、たとえ二日でも耐えられない、それは経験でわかる。
だれかが自分の近いところにいると、それだけでもうその人の個性に自尊心をつぶされ、自由を圧迫されてしまう。どんなによい人でも、自分は一昼夜のうちに相手を憎みだしてしまうかもしれない。ある人は食事がのろいから、またある人は鼻かぜをひき、しょっちゅう鼻をかんでばかりいるからといって。

実践的な愛というのは空想的な愛とくらべて、なにぶんにもじつに残酷で恐ろしいものです。
空想的な愛は、すぐに満たされる手軽な成功を求めて、みんなに見てもらいたいと願うものです。
そうなると、成功に手間ひまかけないで、舞台に少しでも早くなしとげてみなの注目を浴び、
褒められたい一心から、自分の命まで投げ出してしまうことになりかねません。

それに対して実践的な愛というのは、仕事であり忍耐である。
どんな努力にもかかわらず、たんに目標に近づけないばかりか、むしろ目標が自分から遠のいてしまったような気がして、ぞっとする思いで自分を省みるような瞬間さえ、---
いや、まさにその瞬間に、あなたはふいに目標に到達し、つねにあなたを愛し、ひそかに導いてきた神の奇跡的な力を、自分の身にはっきり見てとることができるのです。

別の行

大切なのは嘘を避けることです。どんな嘘も、とくに自分自身に対する嘘は。
自分が嘘をついていないか観察し、一時間ごと、いや一分ごとに、自分の嘘を見つめるのです。
そして相手が他人であれ自分であれ、人を毛嫌いするということは避けなさい。
自分の中で忌まわしいと思えるものは、それに気づくだけでも浄化されるのですから。
恐れるということも避けなさい。もっとも、恐怖というのはありとあらゆる嘘の結果に過ぎませんがね。


カラマーゾフを読むのは2回目。
1回目はもう~極度の空腹状態のごとく、物語に引き込まれ過ぎて(笑) 
あれよあれよという間に読み進んでしまった。
いつかじっくり、一行一行怠ることなく読んでみようと思っていたところ、
思わぬ時間ができたので、ページを繰るのももどかしく、味わいながら読み進めている。
かの春樹も4回読んだとのこと。

こんなことを言うと堅物に思われるやもしれないが(本当のところ堅物だけど)、
私はロシア文学が大好き。
トルストイのアンナ・カレーニナは酔ってしまうくらい大好き。
トルストイは水平に、鳥のような視点でその世界に引き込んでくれるが、
ドストエフスキーは垂直に人間の混濁の世界に招きいれてくれる。

混沌とした暗闇の混濁の世界は、自分一人で歩を進めるのは容易なことではない。
恐怖に打ち勝つ精神力がなくては、滅多打ちにされてしまう危険がある。
でも小説を通してその世界へ入ることは、こんなに尻が青い私のようなものでも、
恐れることなくその世界に触れることができる。

長編小説はヤメラレナイ。ナラティブの世界に身をおくことの幸せを改めて痛感する。
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by asuka-urinara | 2011-03-03 02:24 | Ω Shantiな日々 Ω
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